不調の背景

体に痛みやコリがあって不調だと感じる時、大抵の人は経験やネットで原因を探ります。


その行き着く先が「体の歪み」や「自律神経の乱れ」などの解剖学になるケースが多いです。


けど同じ仕事をしている同僚や、家庭環境(家族構成)が似た友達、似た食生活している周りの方々をみてください。


不調の方もいれば元気な方もいますよね?


この差ってなんなんでしょう。


細かくあげればいっぱい出てきますが、僕が思う大きな要因に「自分の居場所」に不安を感じているか、というのがあります。


人には憧れや目標があります。

みなそれを実現したいから努力します。

ただ、これがズレていくと強迫観念になります。


〇〇しなきゃいけないorダメ、〇〇をするべきだorしなきゃいけない、っていう状態です。


さらに言うなら、その背景には劣等感があり、恐怖や不安に苛まれているように感じます。


これが緊張体質をつくる元凶なのかもしれません。


緊張体質になると自律神経は乱れ、体液循環もスムーズにいかなくなり、筋肉も酸欠状態になってこわばり、骨格が捻れてきます。

当然、受容器にも影響がでてくるので免疫疾患、アレルギー症状やアトピーなどが出てきます。


こういう場合、まずは自分の居場所の定義を確かめるといいでしょう。


難しくいうと、幸せとは?満足とは?など、そういったことを確認すると、他人と比較している自分に気づいてくるかもしれません。


人それぞれ境遇、環境は違います。

価値観も違います。


もし理想の在り方というものがあるとすれば、自分の価値観で決めちゃっていいと思います。

時には変えちゃってもいいんじゃないでしょうか。


他人から映る自分をいくら綺麗にしても、そこに自分という存在はあるんでしょうか。


そこに焦点を当てるのではなく、自分が気持ちいい在り方でいいのではないかと思います。


そうするといろんなブロックが外れて楽になってきますよ。


不調体質の方には自己否定感が強い方が多いですが、誰だって知らず知らず人の役に立っているんですよ。

いいところ、けっこうありますよ。


自分を追い込まず、もっと適当(ちょうどいい)を心がけてみてはいかがでしょう。


気持ちが変われば体も変わりますよ。

心身の調和ってこんな感じなのかもしれませんね。

そもそもの話

そもそもの話なんですが。


一般的に整体は「歪みを整える」ところ、と周知されています。


まあ、それ自体は間違いというわけではないんですが、何の歪みかってことが大事です。


そもそも体に左右差や長短などの歪みはあって当たり前であって、歪みがない体では元気に生きていけません。

内臓の位置関係、地球の地軸、重力などの影響があるので。


その歪みがある中で、力の均衡を保っているかが肝になってきます。


よく言われる「バランスをとる」というのは、力のベクトルの均衡を保っているということです。

それは反する力の作用によってなされるものであり、対極によって起こる現象です。


押すと引く

伸びると縮む

緊張と弛緩

与えると奪う

動くと止まる

怒ると笑う

悲しみと喜び


そういった対極関係が均衡することを、「バランスがとれている状態」と言うのです。


自分を悲観的に捉えている方がとても多いので言わせてもらいますが、誰でもこの対極する力が働いています。


誰にでも優しく、ずっと笑っている、健康で、誰からも好かれている人なんていませんよね?


どんな人にも憎むという感情があり、愚痴を言うことも、泣くこともあります。

風邪をひいたりケガをすることもあります。

背筋をピンと伸ばしているヨガの先生だって猫背になることをします。

酒、タバコ、ギャンブルをする医者や治療家もいっぱいいますねー笑
これはあまり関係ない話でしたー汗

それらを矛盾として捉えるのではなく、均衡状態を保っていると考えてはいかがでしょうか。


どうも、人はこうあるべきって思う方が多いように感じます。


人が思う理想像って、それこそバランスがとれてない、一本の糸が切れたら崩壊するような危険な状態かもしれないですよ?


話を戻して、そもそも整体で歪みを整えるとは、体の中で働いている力のベクトルの均衡をとることです。

本当の整体って、

左右の脚の長さを同じにするように見せかけたり、
硬い筋肉を柔らかくするだけでもなく、
体液循環、呼吸のリズム、力の伝達がスムーズに行える、心身の調和がとれる体に導くことかなと思います。


その結果が、

痛みがとれたり、
関節がスムーズに動くようになったり、
自律神経が整ったり、
妊娠することができたり、
アレルギーやアトピーが改善したりするのかなと思います。


僕がする整体ってそんな感じなので、そもそも症状で追わないし、施術して数日たってから実感できる体に調整してます。


うちに通ってもらってる方は大病せず、大往生してもらいたいのです。

ペインチャート図

感情と体の痛みが密接な関係であることが示されているペインチャート図(出典:カラパイアさん)を見つけました。

 

体の不調は筋骨格だけの問題だけではなく、感情からも影響を受けているものです。

 

図を見ていると、確かに一致するケースがいくつもあります。

 

感情もありますが、性格や気質によるところも無視できないですね。

 

 

首:物事を様々な角度から捉えられない人に多い。頑固・強情
肩:自らの能力を好意的に社会に活かしているが、自らの態度が重荷となっている。
脊椎:主に日常生活でのサポートに関連するものが多い
脊椎(上部):感情面でのサポートが足りていない証拠。愛情を十分に受けておらず、心の中に秘めた感情を吐き出せていない
脊椎(中部):罪の意識・過去の束縛
脊椎(下部):金銭面での悩み・恐怖・トラブル
肘:人生の転機と新しい事への挑戦を受けた時に見られる
手首:物事の移り変わりとそれに伴う安堵感
腰:大きな転機で前進する事に対する恐怖感
膝:プライドとエゴ・意見を曲げる事の出来ない強情さ・恐怖等
足首:強情さと罪の意識。また足首は快感を受けた時に反応しやすい部位でもある
バニオン(足の親指内側に出来る腫物・腱膜瘤):新しい経験に対する満たされない気持ち・不満感の現れ

他の関連性
関節炎:愛情の足りていない状態、非難・憤り
骨折:権力に対する反感
骨液包炎:抑制した怒り
炎症:恐怖、他の炎症を見た事によっても引き起こされる
関節痛:人生の転機とこの転機による安堵感
身体のバランスが取れない時:未整理な一貫性の無い感情・考え
坐骨神経痛:偽善者になりがち、金と未来の心配を持っている
椎間板ヘルニア:優柔不断、人生でのサポートが足りていない
捻挫:人生の方向性が気に食わない、怒りと抵抗の現れ
凝り:硬直した状態
全体的な脱力感:精神的休養の必要性あり

不安と安心と安全

とある方へ

人は誰でも不安を抱えて生きています。

不安の中身は違えど、その不安の要素を少しづつ削っていくことで安心しようとしています。

なので不安感を抱くことは決して悪いことではなく、その人が社会に適合する為の自己防衛機能であるのです。

ここでいう社会に適合するとは、その人が思い描いている人物像であり、普通は〜、みんなは〜、一般的には〜、という感じのかなり抽象的なイメージです。

そのイメージって、その人の思い込みであったり、マスコミからの情報であったりと、実はリアルではないんですね。

でも集団民族である人間ってやつは、みんなと同じことをして安心しようとします。

繁栄するために。


ここで知ってほしいことは、安心=安全と勘違いしてしまうこと。


安心できる環境が安全ではないんですね。

なので人から見れば羨ましい環境にいても、そこに対応できないとまた不安を抱えてしまいます。


大企業に就職したけどリストラにあった。
理想の結婚をしたけど離婚になった。
あらゆる健康法を取り入れ、定期検診もしていたが重い病気になった。
受験戦争で勝ち取った学校でついていけなく退学に至った。


世に絶対安全はありません。

ただ、安全に近づくことはできます。

しかし、それは安心を得ることではないので気をつけてください。


自分にとっての安全とは何か。


マスコミやネットには出てないですよ。

実は身近にいる、あなたが認めた人物です。


僕だったら学生時代の部活の先輩、会社員時代の先輩、整体師を志すきっかけになった師匠、などです。

とにかくマネることから始めました。

仕草や口調まで。


その道で成果を上げている人を徹底的にマネれば、その人に近づけると思っていました。

ただのマネマネかよーって言わないでくださいね。笑

そうやって部活も仕事も上達してきたので。

これは安心を得るためではなく、その道をより安全に進むためのものだったんです。

呼吸まで感じれるリアルな環境ってすごく大事です。

先ほど言っていた不安を解消するための、右ならえ、とは全く別物です。


僕は偉そうにモノを言える人間ではありませんが、これだけは確実に言えることがあります。

不安感を抱いてるならお手本となる人を徹底的にマネることです。


マスコミで〜、ネットでは〜、一般的には〜、という思い込みや勘違いが不安をつくっているんですよ。

その通りに進んで挫折したら誰のせいにするんですか?
誰が責任をとってくれますか?
その後あなたはどうなってしまうんですか?


不安感に悩まされている人ほど、見えない人を目指すのではなく、リアルな人に習って下さい。

周りにいる人を徹底的に調べれば、必ず目標にできる人は存在します。

そんな人いないって言ってるのは、徹底的に見てないからです。


それでもなかなか進めないという人。
何でもひとりで抱える必要はありませんよ。

周りの人に頼っていいんです。

助けてもらわなきゃどんな優秀な人でも生きていけないんです。


そんな僕も周りの人に助けもらいまくって生きています。


そういえばワンピースのルフィもいってましたね。

おれは助けてもらわねェと生きていけねェ自信があるって!笑


そうすることで今まで見えなかったものが見えててきます。

その見えてくるものこそ、リアルな、あなたの、生きる道ではないでしょうか。

親として

親の状態はモロに子どもに出ます。


親がイライラしていると子どももそうなります。


子どもに対してイライラするというのではなく、何かにイライラして、子どもがそばにいるだけで影響を受けるということです。

なので、子どもが言うことを聞かなくなって、それをイライラしながら注意するとエスカレートしますね。


親がエゴを出して接してしまうと、子どもは歪んでしまうわけです。

で、歪んでしまうと、何かやらかします。

例えば、走っていたら転んでしまったり、何かに頭をぶつけたり、飲んでいる物をこぼしたり、などなどです。


子どもが飲物をこぼしたとき

「集中して飲まないからよ!」

なんて親は注意すると思いますが、集中を阻害させているのは明らかに親ですね。


親がノイズを発しまくって、子どもの集中力を奪っているんですよ。



例えば、子どもが公園で遊んでいたら捻挫したという事例があります。

ちょうど転ぶ前に、お母さんが

「ほら、転ばないようにしなさいよ」

って声をかけていたんですね。


この声かけは、お母さんの

「ケガをせずに遊ぶべきである」

という観念からの声かけだったじゃないかと思います。


そしたら、楽しそうに遊んでいた子どもが、緊張するような雰囲気に変わってしまったんですね。

その瞬間、転んじゃって、足を捻挫していました。

さらに追い打ちをかけるように、

「だから言ったでしょ!!」

ってお母さんが注意しちゃって、子どもは完全に心が折れたようになって、

「痛い!帰りたい!」


と泣きじゃくってしまいました。



人は感覚を失うと、考える力が無くなります。

そうすると何かが起こったときに対処できなくなります。

また感覚があると、トラブルが起こりそうになったら、反応ができるんですが、感覚が無くなると反応できなくなり、動作が鈍くなります。


子どもは話せないかもしれませんし、テストの問題はできないかもしれませんが、親よりはるかに賢いです。


親が教育と称して、余計なことを教えて、子どもをバカにしているんですよね。

考える力のない親ほど、教育したがります。

それはなぜかというと、自分が考える力がないから、子どもが考えてやっていることが、見てわからないんですね。

で、考える力がない人は、「教わらないとできない」と思っているから、教育したがるようになります。

考える力があって、イチイチ教わらなくても自分でなんでもやってしまうような人は、子どもを見れば、考えて行動していることがわかるんですよね。

ですので、そのうちできるようになると思って、教育しようとはしないです。

とにかく、子どもがすることは親がしていることなんですよ。

そして、子どもが問題を起こすときは、親がその状況を作っています。


親がちゃんとしないとですね。